また新しい中国車が登場した――。
近年、ヨーロッパやアジア、ラテンアメリカ、中東の道路では、これまでほとんど知られていなかった中国ブランドのクルマを見かける機会が急速に増えています。
BYDやGeelyだけではありません。Xpeng、Denza、Jaecoo、Omodaなど、新世代の中国メーカーが次々と海外市場へ進出しています。
そんな中国ブランドの新たな勢力に加わったのが「Aion」です。
Aionが中国国外で初めて車両を販売したのは2023年のタイ市場。そして2025年末には、欧州市場でコンパクト電動SUV「Aion V」の販売を開始しました。
今回、そのAion Vに続いて欧州へ投入されたのが、小型ハッチバックの「Aion UT」です。
一見すると、数ある新興中国EVの1台にしか見えません。
しかし、Aionには他の新興ブランドとは異なる大きな強みがあります。
そのブランドを背後から支えているのが、中国自動車産業の大手であるGAC(広州汽車集団)なのです。
ブランド名よりも重要なのは「誰が作っているか」
GAC Groupが設立されたのは1997年です。
長年にわたり、中国で4~5位規模の自動車メーカーとして事業を展開しており、2025年には170万台を超える車両を生産しました。
これまでの29年間で、中国国内のGACの工場から送り出された車両は3,000万台以上に達します。
そして、ここで注目したいのがその中身です。
1998年以降、GACはホンダとの合弁事業で約1,100万台を生産してきました。
さらに2006年からは、トヨタとの合弁事業でも約1,000万台を生産しています。
つまりGACは、ホンダとトヨタという世界屈指の自動車メーカーから、長年にわたって自動車の製造ノウハウを学んできたわけです。
その経験は、Aion UTにもはっきりと表れています。
欧州仕様のAion UTは、カナダのMagna Internationalがオーストリアで生産しています。ここは、かつてトヨタのGRスープラも生産されていた工場です。
ボディを見ると、塗装は深みがあり、パネルの隙間も均一です。
インテリアには硬質なプラスチックも多く使われていますが、表面の質感や光沢、そして柔らかな輝きを持つメタル調トリムによって、実際の価格以上に上質な雰囲気を演出しています。
アメリカで販売されるとすれば3万ドル以下になると予想されるクルマとしては、かなり立派な仕上がりです。
走りにも感じられる「トヨタ・ホンダ的」な作り
Aion UTの完成度は、走り始めるとさらに分かります。
前輪を駆動する電気モーターは201hp、最大トルクは155lb-ft。
EVらしくアクセルを踏んだ瞬間からトルクが立ち上がり、コンパクトなボディを軽快に加速させます。
0-60mph(約97km/h)加速は約7秒。
小型ハッチバックとしては十分に速い性能です。
一方、サスペンションはやや硬めです。
特にダンパーの縮み側の制御が少し強すぎる印象があり、路面からの上下方向の動きを必要以上に強調する場面があります。
また、粗いアスファルトでは、中国製のChaoyangタイヤから発生するロードノイズも目立ちます。
コーナーからアクセルを強く踏み込むと、前輪駆動EVらしいトルクステアも感じられます。
路面が荒れている場所ではフロントタイヤが細かな凹凸を追いかけるような動きを見せることもあります。
しかし、ボディやインテリアから異音がほとんど聞こえてこない点は印象的です。
インテリアとボディのデザインは、GACのイタリア・ミラノにあるデザインスタジオが担当しています。
ドライバーをワクワクさせるタイプのEVではありません。
それでもAion UTは、しっかり作り込まれた、堅実な小型EVだと感じられます。
小さなボディに大きなクルマ並みの装備
Aion UTの魅力は、走りだけではありません。
装備内容もかなり充実しています。
標準装備には、ヒーター付き電動フロントシート、ステアリングヒーター、オートライト、17インチホイール、音声操作、オンラインナビゲーション、音楽ストリーミング機能などが含まれます。
さらに、前方衝突警告、自動緊急ブレーキ、車線逸脱防止など、一通りの運転支援システムも標準で搭載されています。
1,600ドルのPremiumパッケージを選択すると、電動シェード付きパノラミックガラスルーフ、シートヒーター&ベンチレーション、電動テールゲート、ワイヤレススマートフォン充電などが追加されます。
英国仕様では、車両に8年または10万マイル、バッテリーには8年または12万5,000マイルの保証が設定されています。
さらに8年間の無料メンテナンスまで付いてきます。
約3万ドルという価格帯を考えると、かなりの充実ぶりです。
専用EVプラットフォームを採用
Aion UTは、GACが自社で設計・開発したEV専用プラットフォームを採用しています。
基本構造は、床下にバッテリーを配置したいわゆる「スケートボード型」です。
搭載されるのは60kWhのリン酸鉄リチウムイオン(LFP)バッテリー。
WLTP基準での航続距離は268マイル(約431km)です。
より厳しいEPA基準に換算すると、約235マイル(約378km)程度になると予想されます。
フロントにはサブフレームが設けられ、電気モーターと400Vのパワーエレクトロニクスを搭載。
フロントサスペンションはマルチリンク式、リアにはシンプルなトーションビーム式が採用されています。
ブレーキは前後ともディスク式で、フロントには12.6インチのベンチレーテッドローター、リアには12.1インチのソリッドローターを装備しています。
安全性もAion UTの重要なアピールポイント
Aion UTのバッテリーは、中国の大手バッテリーメーカーCATLと共同開発され、GAC独自の「Magazine Battery 2.0」技術を採用しています。
このシステムでは、非常に高い温度に耐えられるセルを断熱された区画に収め、熱暴走の発生を防ぐ構造になっています。
さらに、第5世代のバッテリーモニタリングシステムによって、必要に応じて急速冷却システムを作動させることも可能です。
GACによれば、このシステムによって放熱性能を30%向上させ、バッテリーセルの過熱を防止します。
同社は、Magazine Battery 2.0について、衝突試験と釘刺し試験の両方において発火や熱暴走を起こさなかった初の自動車用バッテリーだと説明しています。
そしてGACは、現在販売されているEVの中でも最も安全なバッテリーだとしています。
もちろん、こうした安全性に関する評価はメーカー側の主張として受け止める必要がありますが、Aion UTがバッテリー安全性を重要なセールスポイントとしていることは明確です。
効率を高める4段階ヒートポンプ
Aion UTには、4段階制御の高効率ヒートポンプも搭載されています。
このシステムは、外気温が-22°F(約-30℃)まで下がるような環境でも、バッテリーを適切な温度範囲に維持することを目的としています。
同時に、従来型の電気ヒーターよりも少ないエネルギーで車内を暖めることができます。
GACによれば、このヒートポンプは従来型システムの約半分の部品数で構成され、重量も従来型の52%程度。
つまり、軽量かつ高効率なシステムを目指して設計されています。
こうした細かな設計の積み重ねが、Aion UTの軽快さにつながっています。
LFPバッテリーは、同容量のニッケル・マンガン・コバルト(NMC)バッテリーより約265ポンド(約120kg)重いにもかかわらず、GACによれば車両重量は3,800ポンド(約1,724kg)未満です。
比較として、2024年初頭に試乗した先代日産リーフ・プラスは60kWhのNMCバッテリーを搭載していましたが、車両重量は約3,900ポンドでした。
軽量化は効率にも効果があります。
今回の試乗では、高速道路を85mph(約137km/h)で走行する区間も含まれていましたが、トリップコンピューターは117mpg-eという数値を示しました。
最新のデジタル技術には長所と短所がある
Aion UTの車載コンピューターを支えているのは、GAC独自のAI対応OS「ADiGO」です。
運転支援システムやインフォテインメント、AIアシスタント、クラウドサービス、OTAアップデートなどを統合的に管理します。
プロセッサーには、自動車向けのQualcomm Snapdragon SA8155Pを採用しています。
ドライバー向けの情報はステアリングホイール奥にある8.8インチディスプレイに表示され、インフォテインメント機能はセンターコンソール上部の14.6インチタッチスクリーンで操作します。
走行モードは「Comfort」「Sport」「Power Save」の3種類。
ただし、モード変更のような運転に関係する機能までタッチスクリーンのメニューの奥に配置されている点は、少し気になります。
幸い、音声操作に対応したAIアシスタントが多くの操作を代わりに行ってくれます。
しかし、車線維持支援などの運転支援機能をオフにする場合は、タッチスクリーンを操作してメニューを探さなければなりません。
ステアリングの操作感もComfortとNormalから選択でき、ブレーキのレスポンスもStandardとSportから変更できます。
ただし、わざわざ変更する必要性はそれほど感じませんでした。
Comfortモードではセンター付近のステアリングフィールがさらに希薄になり、左右へ切り込むにつれて操舵力が増していきます。
またSportのブレーキフィールは少し強すぎるため、自然な踏み始めの感触を持つStandardのほうが好ましく感じられます。
Aion UT最大の武器は「パッケージング」
Aion UTは、基本的には非常にオーソドックスな小型EVです。
しかし、このクルマには価格や装備、品質、航続距離だけでは説明できない、もうひとつの大きな魅力があります。
それが「パッケージング」です。
全長は168.1インチ(約4,270mm)。
2027年型シボレー・ボルトより1.5インチ(約38mm)短く、全体としてはかなりコンパクトです。
ところがホイールベースは108.3インチ(約2,751mm)もあり、シボレー・ボルトより3.0インチ(約76mm)長く設定されています。
つまり、前後のアクスル間に確保された長いスペースを、室内空間に効果的に利用しているわけです。
その結果、Aion UTは外観から想像する以上に広いキャビンを実現しています。
身長6フィート(約183cm)の大人が前席に座り、その後ろに同じ身長の乗員が座っても十分なスペースがあります。
荷室容量は後席使用時で15.5立方フィート。
これはAion UTより17.5インチ(約445mm)も長いヒョンデ・エラントラを上回ります。
さらに後席を倒せば、56.5立方フィートの荷室容量を確保。
こちらもAion UTより8.1インチ(約206mm)長いスバル・インプレッサより大きな容量です。
コンパクトなボディからは想像できないほど、実用性の高いクルマに仕上がっています。
楽しさよりも「使いやすさ」を重視
もちろん、Aion UTが欧州のライバルより魅力的なクルマだとは限りません。
ルノー5のような個性的なデザインや、ヒョンデ・インスターのような愛嬌のあるキャラクターと比べると、Aion UTはかなり実用本位です。
ドライバーを楽しませることを最優先したEVでもありません。
しかし、それこそがAion UTの狙いなのでしょう。
ターゲットとなるのは、コンパクトなサイズでありながら室内は広く、装備が充実していて、価格も手頃なEVを求めるファミリーです。
さらに、大容量の保証による安心感があり、1回の充電で都市部の1週間分の通勤・買い物を十分にこなせる航続距離も備えています。
つまり、Aion UTは「楽しいEV」を目指したのではなく、「毎日使えるEV」を徹底的に追求したモデルなのです。
その目的に対しては、かなり正確に答えを出しています。
2026年型Aion UTは買う価値がある?
Aion UTには、派手な魅力があるわけではありません。
ステアリングフィールは完璧ではなく、サスペンションは少し硬め。荒れた路面ではロードノイズも目立ちます。
しかし、それ以上に評価したいのが、全体としての完成度です。
3万ドルという価格帯でありながら、十分な装備、実用的な航続距離、広い室内空間、充実した運転支援システムを備えています。
さらに、GACが長年にわたってホンダやトヨタとの合弁事業で培ってきた製造経験も、車両のしっかりした作りに反映されています。
Aion UTは、ドライバーを熱狂させるスポーツEVではありません。
しかし、家族で使う小型EVとして考えれば、かなり理にかなった選択肢です。
小さなボディなのに室内は広い。
価格は比較的安いのに装備は充実している。
そして、中国メーカーのEVでありながら、製造品質についても十分に安心感を持てる仕上がりです。
Aion UTの本当の強みは、まさにこの「バランス」にあります。
中国EV市場では、これからも新しいブランドが次々と登場するでしょう。
その中でAion UTが注目に値するのは、単に中国製だからでも、安いからでもありません。
「小さく、広く、安く、そしてきちんと作られている」
――この当たり前の条件を、EVというパッケージでかなり高いレベルまで実現していることこそ、Aion UT最大の魅力なのです。
2026年型Aion UT 主要スペック
推定価格
30,000ドル(MotorTrend推定)
ボディ/駆動方式
フロントモーター、前輪駆動、5人乗り、4ドアハッチバック
モーター
永久磁石同期モーター
最高出力:210hp
最大トルク:155lb-ft
トランスミッション
1速AT
車両重量
3,681~3,747ポンド(約1,670~1,700kg)
ホイールベース
108.3インチ(約2,751mm)
全長×全幅×全高
168.1×72.8×62.0インチ
0-60mph加速
7.1秒(MotorTrend推定)
EPA燃費
未評価
EPA航続距離
未評価
発売状況
米国では販売予定なし